とりとめもなく・・・ [日々のもろもろ]
父のことがあってから、これまで、ほとんど縁のなかった感のある、
宗教に心惹かれるこのごろです。
父のかかりつけ医だった方で、母も、私も、自身の不調時にお世話になった、鳳のM先生の
ことばがきっかけの一つだったと、思う。
日本人は宗教を持たない場合が多いから、自身の死を考えることも、
身近な人の死を受け入れることも、苦手なんだ。
生と死はつながっている。生前に築いた繋がりは、身体がなくなっても、ずっと続いていくもの。
誰もが、3年後かもしれない、10年後かもしれない。でも、明日かもしれないという中で、生きている。
(つらいことに対して)こういうふうに捉えれば自分の気持ちが楽になる、そういう考え方を見つけたらいい。
私は、その言葉のままを受け止め、共感し、父の死を受け止め、受け入れ、
いまも父は毎日わたしたちのことを見ていてくれる。と、感じている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こどもたちの通う保育園は、キリスト教系の園で、土曜日、クリスマス会があった。
パーティーではなく、しっかりと、『礼拝の日』だった。
「クリスマスは かみさまが
ひとびとを すくうため ちじょうにこられた日」
と、皆で賛美歌をうたう。メロディーがドーム型のホールにこだまし、
ものすごく気持ちよく、涙腺がゆるみっぱなし。見かねたなつきが、自分の席から
とことことやってきて、ティッシュを差し出す。
いままで経験したことのない、キリスト教のクリスマス会。
礼拝の場であるため、撮影禁止にされていたのもよかったのだと思う。
写真は、我が家のクリスマスツリー。本物のモミノキです。
一昨年、父母が、長野から車に積んで、孫たちのためにと、持ち帰ってくれたもの。
季節の行事を、誰よりも楽しんでいた父でした。季節が廻るたび、その思い出も
廻ってくるのでしょうね。
宗教に心惹かれるこのごろです。
父のかかりつけ医だった方で、母も、私も、自身の不調時にお世話になった、鳳のM先生の
ことばがきっかけの一つだったと、思う。
日本人は宗教を持たない場合が多いから、自身の死を考えることも、
身近な人の死を受け入れることも、苦手なんだ。
生と死はつながっている。生前に築いた繋がりは、身体がなくなっても、ずっと続いていくもの。
誰もが、3年後かもしれない、10年後かもしれない。でも、明日かもしれないという中で、生きている。
(つらいことに対して)こういうふうに捉えれば自分の気持ちが楽になる、そういう考え方を見つけたらいい。
私は、その言葉のままを受け止め、共感し、父の死を受け止め、受け入れ、
いまも父は毎日わたしたちのことを見ていてくれる。と、感じている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こどもたちの通う保育園は、キリスト教系の園で、土曜日、クリスマス会があった。
パーティーではなく、しっかりと、『礼拝の日』だった。
「クリスマスは かみさまが
ひとびとを すくうため ちじょうにこられた日」
と、皆で賛美歌をうたう。メロディーがドーム型のホールにこだまし、
ものすごく気持ちよく、涙腺がゆるみっぱなし。見かねたなつきが、自分の席から
とことことやってきて、ティッシュを差し出す。
いままで経験したことのない、キリスト教のクリスマス会。
礼拝の場であるため、撮影禁止にされていたのもよかったのだと思う。
写真は、我が家のクリスマスツリー。本物のモミノキです。
一昨年、父母が、長野から車に積んで、孫たちのためにと、持ち帰ってくれたもの。
季節の行事を、誰よりも楽しんでいた父でした。季節が廻るたび、その思い出も
廻ってくるのでしょうね。
2011-12-12 15:07
コメント(0)
コメント 0